昔から「燃えないゴミ」あるいは「燃やせないゴミ」について疑問に思っていました。エコのために一生懸命ゴミを分別するわけですが、そうやって捨てられた「燃えないゴミ」は、燃えないからといってどうするんだろう。埋める?どこかに集める?どちらにせよそのためのスペースがいるわけです。燃えないものを分けても別の場所に避けるだけ。そこになんか釈然としない思いがあったのです。
「100,000年後の安全」を観て、ふとそんなことを思い出しました。原発って使い終わってからの廃棄物を処理する方法がないんですね。つまり、水洗の構造がないトイレ。うんこばっかり溜まってそれをながす方法がないわけ。
フィンランドでは、そのみんなが垂れ流したうんこ< <原発によって出る放射性廃棄物>>を地下深くに埋める巨大施設が世界で初めて建設されることになりました。地下400m、全長4kmにもおよぶこの地下施設は、全て完成するのにあと90年ばかりかかるのだそう。世界初とは言え、結局は高レベルの放射性廃棄物に対して人類が成す術は何もないので、危険性が去るまでそこに放置するだけです。じゃあどれくらい時間が経てば危険性が去るのかというと、これが最低10万年という気の遠くなるような時間。10万年もの間、建物が老朽化することなく、また人間の手で管理することなく、存在し続けるべく作られているのがこの処分場なんです。人類史上1万年以上保った建造物は未だないわけですが…。
この映画、闇雲に危険を煽ったり、単純に原発反対を訴える映画ではありません。賛否とは別の次元で、既に世界に20万トンとも30万トンとも言われている高レベル放射性廃棄物をまずどうするのかという問題提起をしております。もちろん日本には安全に埋めておける土壌なんてありゃしません。それでも流すことの出来ぬ便所でうんこを垂れ流し続けているのです。安全になるまで10万年もかかるうんこを。
ぼくは、散々電気使って仕事している身ということもあり原発もやむなしという立場を採っていました。この映画を観て、それがいかなるものとも天びんにかけられるような生半可なシロモノじゃないと知り、戦慄を覚えました。どんな事情であれ、原子力なんてまだ人間が扱えるようなものではなかったと。巨神兵でありAKIRAであったと。
後日、京都大学原子炉実験所の小出裕章助教のインタビュービデオを見て、意外にも原発の代替手段はいくらでもあるということを知り、更に驚愕しました。「今の生活水準を守るためには原発が必要」「どのエネルギーよりクリーンで安価」といったみんなが理解している原発の姿は全てウソだったのです。原発は何よりコストパフォーマンスが悪く、熱効率も悪く、まともにコントロールも出来ない、無駄だらけのエネルギーだったのです。
原発について知る毎に「原発やむなし」から「どんなに苦しく我慢してでも原発はやめるべき」と気持ちが変わって、最終的には「なーんだ、原発なくても全然困らへんがな」と変化してきました。まぁ、厳密にはまったく今と変わらない生活というのまでは無理なのかも知れませんが、少なくとも「原発に頼らざるを得ない状況」という大前提がそもそも真っ赤なウソということだけは知っておいて下さい。
福島原発は、廃炉にするだけでもあと10年はかかるそうで、それまではずっと冷却し続ける必要があるそうです。止めるだけでもこんなに大変なんです。誰しもが想定し得なかった巨大地震(「想定外」というのも実は政府の捏造だったりするのだが…)と津波に襲われ、絶対安全な筈だった原発がぶっ壊れた。そして同じように海岸沿い建てられた原発は山ほど存在するのです。
日本全体、そして近隣諸国が放射能の危機に曝され、10年後20年後にガン患者が激増し、奇形の子供がたくさん産まれて来たとしても、まだあなたは「今の生活を維持するために原発やむなし」と言えますか?
「100,000年後の安全」公式サイト
http://www.uplink.co.jp/100000/
「2011.4.10 小出裕章氏VS岩上安身氏」
http://www.youtube.com/watch?v=yVbRyLyT_I0
「2011.3.26 広瀬隆氏講演」
http://www.youtube.com/watch?v=a3FgZoPdfTw
「原発がどんなものか知ってほしい」平井憲夫
http://www.iam-t.jp/HIRAI/