スティーブ・ジョブズ。知ってる人には有名だが、現AppleのCEOである。初期Appleの立役者の一人であり、長らくAppleから遠ざかっていたが、崩壊寸前のAppleに救世主のごとく降臨し、iMacという誰もが思いつきもしなかった革新的なスタイルを世に投じてパソコンの歴史を塗り替えた伝説の人物である。
今までのパソコンにはなかった「デザイン」という要素を全面に打ち出したiMacの発想は素晴らしかった。お陰でAppleの業績も向上し、コンピューターを使うクリエイター達にとって大変重要なMacという道具がこの世から消え去ってしまう危機を回避することができた。世界大戦を未然に防いだケネディ大統領に匹敵する功績と言っていい。
しかしながら、ジョブズの業績はここまでである。それ以外に彼がやったことは、Mac OSからOS Xへの転換であるが、これが見事に大失敗。彼が作ったNeXTというOSをMacに移植したいという個人的欲求によって、優秀なインターフェイスを持ったそれまでのMac OSを闇に葬ってしまった。
ここで先に断っておくが、旧Mac OSに対する懐古趣味や保守的な観点から論じているのでは決してない。古い物をあっさりと切り捨てて新たなことにチャレンジする姿勢こそがAppleのAppleたらしめている部分だと思っているし、むしろそこは大いに支持している。しかし、過去を捨てるからには、新たに提示するものが過去のものよりはるかにいいものでなければならない。でなければリスクを背負ってまで新しく投資しようという動機に繋がらないからだ。
68000CPUからPowerPC、NuBusからPCI、SCSIからFirewire、ADBからUSBへと、多少の混乱はあったものの比較的スムーズに移行を果たしてきた。それは新しい方がより魅力的であることをユーザーに明確に提示することが出来たからだ。
Mac OSからOS Xに移行するメリットはあるか。残念ながら今の段階では魅力がないと言わざるを得ない。もちろんUNIXベースの安定性であったり、マルチタスクであったり、綺麗で見やすいフォントであったり、細かい利点はある。しかしながらそういう数値スペック的な部分以上に大事な物が抜け落ちているのだ。
それは「哲学」である。なんだそれと思う人もいるだろうが、わかりやすくいえば「ユーザーがより使いやすいようなユーザーインターフェイス(操作性)を考える努力」である。
MacがWindowsや他のGUI型OSに比べて、とくにパソコン初心者にとって圧倒的に使いやすかったのは、パソコンをパソコンと意識させずに使わせる練り込まれた極めてユーザーフレンドリーな操作性を実現していたからだ。例えばWindowsの「ドライブ番号」がコンピューター寄りの発想のままユーザーに押しつけているのに対し、Macの「ボリューム名」はそれを使うユーザー寄りに考えられていることがわかる。HDDをつなぐ順番を変えただけで起動すらしなくなるWindowsに比べて、いい加減で大雑把なミュージシャン達にMacが好まれたのは、マシン性能やソフトが適していたというだけでなく、こういう「使い勝手」の部分にも大きな要因があるのである。
Mac OSは「使い勝手」に対してかなりの時間と費用をかけて研究していた。初期のMacアプリの開発者向けバイブル「Inside Mac」に「使い勝手」について相当なページ数を割いて解説していたことからも、確固たる信念を貫いて取り組んでいたことがわかる。もっともぼくは読んでいないけれど…。余談だが、OS以上にユーザーインターフェイスが重要な分野がゲームである。ゲームにおける操作性の重要さはパソコンアプリケーションの比ではないのだが、それを意識させることなく操作させることこそ大事なので、プレイヤーはもとより、開発者ですらその重要性に気付いていない人がたくさんいる。嘆かわしいことだ。好き嫌いは別にして一度、ユーザーインターフェイスという観点からのみで任天堂のゲームを分析してみてほしい。見逃してしまうちょっとした部分にも多くの時間を割いて練り込んでいるのがよくわかると思う。この努力を無駄なものとして省略しコストを抑えようなどというロクでもない作り手のなんと多いことか。愚かしいことである。
閑話休題。ジョブズがAppleに返り咲いてからまずしたことは何か。優秀なユーザーインターフェイスを生み出す上でもっとも重要である研究開発部門を「そんなもん直接金にならないから」と潰してしまったのである。
OS Xをちょっとでも触れば、そのインターフェイスに「哲学」がないことがわかるだろう。もちろんできたてのOSであるから、何年もかけて完成度を高めてきた従来のMac OSと比較するのは酷という気もする。だがいくら現時点での完成度が低くてもしっかり「哲学」と「ビジョン」を持っていれば将来の見通しは明るい筈なのだ。最近のAppleは熱心にユーザーの要望を取り入れて機能強化しているが、これも無節操に目先の機能の継ぎ接ぎを繰り返しているようにしか見えない。「哲学」のないまま肥大化していくOSXはどこへ向かっていくのか。ますます不安は募るばかりだ。
ジョブズは死にかけのAppleをよく救ってくれた。その功績は素晴らしい。しかしもう役目は終わった。ファッションとしてのパソコンはもういらない。今度はしっかりした中身を作る体勢にシフトすべきなのである。